Our HERITAGE

200 YEARS of AMERICAN STYLE

伝統と歴史

アメリカでもっとも歴史ある服飾ブランドとして、私たちは2世紀に渡り変わらぬ価値と伝統を守り続けていることを誇りとしています。
お客様が、単なるブランドをはるかに超える存在として思ってくださる理由がここにあると信じています。
ブルックス ブラザーズは、アメリカの象徴ともいえるでしょう。

IT ALL STARTED IN1818

1818 1号店を開業

1818年4月7日、当時45歳のヘンリー・サンズ・ブルックスが、子供時代の家であったニューヨーク市のキャサリンストリートとチェリーストリートの交差点の北東の角にH.&D.H. ブルックス社を創業しました。「製造と販売を兼業」した会社として、商品を完全にコントロールし、顧客に最高品質を保証する商品だけを取り扱うことを絶対の理念としました。

1818

米英戦争で1814年に英国により焼失させられていたホワイトハウスが再建された1年後、議会がアメリカ国旗を赤と白の13本の横線と20個の星にすると決定

1824 アメリカで初めて蒸気機関車が走行

1833 兄弟たち

ヘンリー・サンズ・ブルックスは、急成長を遂げる事業をサポートしてもらうため、息子たちを呼び集めました。同年に亡くなった父から長男のヘンリー・ジュニアが経営を引き継ぎますが、彼もまた父と同じ年に亡くなります。その後、ヘンリー・ジュニアの弟であるダニエル、ジョン、エリシャ、エドワードが家業を継承しました。

1848

カリフォルニア州コロマでジェームズ・W・マーシャルが砂金を発見。ゴールドラッシュが始まる

1849 既製のスーツを発売

ブルックス ブラザーズは、現存する企業のなかではアメリカで最も早く既製のスーツを販売しました。雑誌「Caroll」のニューヨーク市名鑑1859年版にはブルックス ブラザーズの既製服の紹介に「先駆者であり、現在はリーダーである」と書かれています。カリフォルニアのゴールドラッシュの際には、仕立て屋の気まぐれな仕事ぶりを待っていられない一攫千金を夢見る開拓者たちが、ブルックス ブラザーズの革新的な既製服を求めて店舗に大挙して押し寄せました。ブルックス ブラザーズの画期的な既製服は、開拓者たちの成功を支えたとも言えるのです。

1850 ロゴと社名

会社の商標として、ゴールデン フリース(金羊毛)が採用されました。リボンで吊るされた子羊のマークは、フィリップ善良公がゴールデン フリース騎士団の紋章に選んで以来、ファインウールのシンボルとなっていました。その後ヨーロッパの毛織物商が、読み書きできない民衆に毛織物を宣伝する手段としてこのマークを使っており、その毛織物業界の伝統にならい、ブルックス ブラザーズもゴールデン フリースを採用しました。 ヘンリーの息子ダニエル、ジョン、エリシャとエドワードが社名をブルックス ブラザーズに改めました。

1850

カリフォルニア州が31番目の州となる

1851

ニューヨーク・タイムズが1部2セントで発行開始

1858

R・H・メイシーがニューヨークに「高級用品店」を開業

1860

リンカーンが第16代アメリカ合衆国大統領に選出される

1861

サウスカロライナ州のサムター要塞で南軍が北軍を攻撃し、南北戦争の最初の戦いが開始

1863

リンカーン大統領が奴隷解放を宣言

リンカーン大統領によるゲティスバーグの演説が行われる

南北戦争による徴兵の結果、ニューヨーク市で暴動が発生

1865

リンカーン大統領がフォード劇場にてジョン・ウィルクス・ブースに銃撃される

1865 エイブラハム・リンカーン

エイブラハム・リンカーン元米国大統領が、2期目の就任式の際に着用したフロックコートはブルックス ブラザーズが特別にあつらえたものでした。裏地には鷲と「One Country, One Destiny」(ひとつの国、ひとつの運命)という銘を巧みにデザインした刺繍が施されていました。残念な事に、大統領がフォード劇場で暗殺された夜に着用していたのも、この上着でした。

1870

ニューヨークで初の地下鉄が開通

1883

13年をかけて建設されたニューヨークのブルックリン橋が開通

1885

ワシントンD.C.にてワシントン記念塔の除幕式が行われる

1886

ニューヨーク港にて自由の女神の除幕式が行われる

1891

スタンフォード大学がカリフォルニア州で開校

1894

初めて瓶詰のコカ・コーラが販売される

1896 ポロカラー(ボタンダウン)シャツ

創業者の孫にあたるジョン・E・ブルックスは、イングランドでポロの試合を観戦した際に、選手の襟が風でなびかないようにボタンで留められていたのに気づきました。ジョンはこの発見を持ち帰り、ブルックス ブラザーズの定番であり、「ファッション史上最も模倣されたアイテム」と言われるポロカラー(ボタンダウン)シャツを誕生させました。

1898 ルーズベルト海軍次官のための軍服

1898年4月30日、ブルックス ブラザーズは後の大統領であるセオドア ・“テディ”・ルーズベルト海軍次官から、ごく簡単な注文書を受け取りました。ルーズベルト海軍次官に納品された軍服は、サンフアン・ヒルでの歴史的な戦いで着用されています。

1900-1999

1900 ハリスツイードが登場

古くからスコットランドのアウター・ヘブリディーズ諸島の家庭で生産されてきた織物、ハリスツイード。そのハリスツイードで作られたアイテムをブルックス ブラザーズが初めて輸入。現在に至るまで、ハリスツイードは職人の自宅で織られ、どの職人が作ったか遡って分かるようになっています。ラクーンファー襟付きの美しいダブルのコートは、1928年のベストセラーでした。“狂騒の20年代”と呼ばれる「ジャズ・エイジ」の頃です。

1901 No.1(ナンバーワン)サックスーツ

3つボタンのジャケットが流行遅れになった時代、2つボタンのジャケットを買う余裕のない学生たちは、古いジャケットのラペルを折り返していました。ブルックス ブラザーズはこのトレンドを定番ラインに採用し「No.1(ナンバーワン)」と名づけました。20世紀初頭からの60年間、ナチュラルショルダー、ダーツのないフロント、段返り三つボタンの「No.1“サック”スーツ」がアメリカのビジネスファッションを独占したのです。

1902 レップタイの普及

当時、英国の軍服だった斜め縞模様のレジメンタルタイ。ブルックス ブラザーズは、レップタイの縞模様を反転させることで、左から右、つまり「心臓から剣」の方向という意味から離れさせ、誰もが身に付けられるパターンへと変えました。

1902 マドラスを初めて紹介

ブルックス ブラザーズはサマーシーズンのレジャーウェア用として、クールでカラフルなインドの布地である「マドラス」のファブリックをアメリカの顧客に初めて紹介しました。

1902

初の太平洋横断ケーブルがハワイと米国を結ぶ

1903

オービル・ライトがノースカロライナ州で初の動力飛行

1905

ラスベガス市が誕生

1904 アメリカにシェトランド セーターを紹介

シェトランド諸島に住む人々が家で作る伝統的なセーターを、ブルックス ブラザーズがアメリカにもたらしました。そのセーターは、雨の日には茹でキャベツ、それ以外の日はスコットランドの家庭で火にかけられていた食べ物の香りがすると言われていました。1938年に様々なカラーバリエーションで紹介されると当時の女子学生たちの間で評判となり、ブルックス ブラザーズのウィメンズ向け事業への参入を後押ししました。

1908 シルクのフーラードタイ

当時ブルックス ブラザーズの社長だったフランシス・G・ロイドが、イギリスの富裕層が身に着けていたブロックプリントのシルクタイを目にします。そのファブリックをアメリカに持ち帰ると、男性たちは夢中になりました。その後、物が不足していた第二次世界大戦の時代に、フーラードタイの在庫が一時的に戻ると噂された際には、マディソン街のブルックス ブラザーズに人が殺到する騒ぎとなりました。

1908

タイムズスクエアで行われるカウントダウンで、タイム・ボール(報時球)を落とすセレモニーが初めて行われる

1909 マンハッタンの外へ

ブルックス ブラザーズは、ロードアイランド州ニューポートに季節限定の店舗をオープンし、マンハッタンの外へ最初の一歩を踏み出します。この店舗は、ニューポートで夏を過ごす上流階級の人々にとって、洋服を仕立てる際の駆け込み寺のようなものでした。さらに当時アメリカで財を築いていたヴァンダービルト家、アスター家、モーガン家の御用達になったのもこの頃です。

1910 ポロコート

イギリスで生まれたポロコートは、ブルックス ブラザーズによってアメリカに紹介されました。ラクダの毛織物でつくられたクラシックなオーバーコートは、20世紀初頭に絶大な人気を誇りました。そして男性よりもむしろ、スミス大学やラドクリフ・カレッジといった名門女子大学の生徒に特に好まれたのです。

1914

大西洋と太平洋を結ぶパナマ運河が開通

1915 マディソン街 346番地

グランド・セントラル駅の完成後、ブルックス ブラザーズは現在も本店があるマディソン街346番地へ移転しました。周辺にはニューヨークの有名大学や社交クラブがあり、彼らがブルックス ブラザーズのこの地への移転を強く望んだため、ブルックス ブラザーズは感謝を込めてこのリクエストに応えたのです。

1917 第一次世界大戦

アメリカが第一次世界大戦に参戦するとすぐ、ブルックス ブラザーズは海外の戦場や駐屯地に派遣される軍隊のための軍服や様々な備品を供給する準備を整えました。

1917

ピュリッツァー賞創設

100TH ANNIVERSARY1918

最初の100年間

創立100周年を記念して発行された小冊子の序文には、以下のような内容が掲載されています。
「アメリカでは、一企業がその創業当時の姿をほぼそのまま保ちながら100周年を迎えることができる例は滅多にありません。この業績は100年に渡って、誠実で顧客志向の商売を続けてきたことによって成し遂げられたものであること、そして四世代にわたって途絶えることなく継続させ、一族による経営を貫いてきたブルックス一族が担うべきものであることを否定することはできません。」

1920 ジャズエイジ

「グレート・ギャツビー」の著者F・スコット・フィッツジェラルドは、1920年代のファッションアイコンでもありました。彼が着用したこともあって、アタッチドカラーのボタンダウンシャツなどの、ブルックス ブラザーズが世に送り出した画期的なデザインが世に広まりました。

1922

ワシントンD.C.にてタフト大統領によるリンカーン記念堂の除幕式が行われる

1927 “幸運な”リンディ

チャールズ・リンドバーグが、大西横断飛行を初めて成し遂げた時、実は着替えを積む場所が飛行機にはありませんでした。パリに着いたリンドバーグは、幸運にも駐仏アメリカ大使からブルックス ブラザーズのスーツを借りる事ができたのでした。

1931

フーヴァー大統領が『星条旗』を国歌と定める

ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルが1,250フィート(381メートル)の世界一高い建物として開業

1935 シアサッカーのスーツ

表面に畝のある綿素材(シアサッカー)が、1920年代にブルックス ブラザーズによってアメリカに紹介されましたが、このファブリックがブルックス ブラザーズの定番スーツ布地となるまでにはさらに10年かかりました。1935年にシアサッカーのスーツが発売され、それがブルックス ブラザーズの小冊子で“パームビーチ”スーツとして特集されると店舗に注文が殺到しました。

1938

フランクリン・ルーズベルト大統領が初めて最低賃金法に署名

1940

カリフォルニア州サンバーナーディーノに、マクドナルドが初の店舗を開業

1946 Made in America

ブルックリンに注文服の工場を新設し、またニュージャージー州パターソンのフェア通りにメンズシャツの製造工場を新設しました。

1949 クラーク・ゲーブル

1930年代から1940年代のアメリカで最も有名な俳優のひとりであるクラーク・ゲーブルは、この年にレディ・アシュレーと結婚。その時に着用していたのがブルックス ブラザーズでした。胸囲44インチ(111.76センチ)、ウェスト32インチ(81.28センチ)という体格にフィットする既製服がなかったため、ブルックス ブラザーズのオーダーメイドスーツを愛用していたのです。そして幸運にもブルックス ブラザーズの既製品オックスフォードシャツは彼にぴったりだったため、ダース単位で購入していました。

1949 女性用シャツの誕生

当時、女性はブルックス ブラザーズの商品を、“ボーイズ”の売り場で買うのが一般的でしたが、1949年、ブルックス ブラザーズが『ヴォーグ』誌で特集され、初の女性用のピンクのポロカラーシャツを販売したところ、多数の女性たちがお店に殺到し大反響となりました。

1951

アメリカ合衆国憲法修正第22条でアメリカ大統領の任期を2期に制限

1953 ジョン・F・ケネディからの贈り物

ジョン・F・ケネディ上院議員がジャクリーン・リー・ブービエと結婚した際、介添人たちが将来の大統領から受け取ったタイムレスな贈り物、それはブルックス ブラザーズの傘でした。ケネディは大統領在任中、2つボタンの「No.2(ナンバーツー)」スーツを着用していたことでも知られています。若々しいケネディが好んだ細身のシルエットです。

1955

カリフォルニア州アナハイムで、ディズニーランドが開業

1957 アーガイルの靴下

当時のブルックス ブラザーズ社長ジョン・C・ウッドは、あるゴルファーが手編みの”アーガイル”の靴下を履いていることに気づき、スコットランドの工場に複製を依頼しました。こうしてブルックス ブラザーズは、アメリカで最初にアーガイル柄のソックスを取り扱うブランドとなったのです。

1958

宇宙探査の取り組み強化のため、アメリカ政府組織としてNASAを設立

1959

アラスカ州が49番目の州となる

ハワイ州が50番目の州となる

1960

ジョン・F・ケネディが第35代アメリカ合衆国大統領に選出される

1963

マーティン・ルーサー・キング・ジュニアが「私には夢がある(I Have a Dream)」の演説を行う

ジョン・F・ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺される

1969

アポロ11号が世界で初めて月面に着陸し、ニール・アームストロングが月面を歩いた初の人類となる

1973

ニューヨーク市のワールドトレードセンターが開業

1974

ウォーターゲート事件を受けて、リチャード・ニクソンがアメリカ合衆国大統領を辞任

1979 海外初出店で日本に上陸

初の海外進出店舗として、日本初の旗艦店、青山本店が1979年にオープン。多くのアメリカ文化同様、ブルックス ブラザーズは日本でも大変好意的に受け入れられました。憧れのアメリカンクラシックスタイルの殿堂となり、やがて店舗は全国に展開していきました。

1980 ガーランドのシャツ工場

ノースキャロライナ州ガーランドに、シャツ工場を新設しました。この工場では現在でも、ブルックス ブラザーズのアイコンであるMade in Americaのシャツを製造しています。

1981

ロナルド・レーガンがアメリカ合衆国第40代大統領として就任

1983

サリー・ライドが初の女性宇宙人飛行士としてスペースシャトル・チャレンジャー号に搭乗

1987 ポップアーティストが愛したシャツ

1987年に亡くなった偉大なポップアーティスト、アンディ・ウォーホル。彼は初めての給料を、”No.10”と呼ばれるブルックス ブラザーズのアイコニックなホワイトのポロカラー(ボタンダウン)シャツに使ったという逸話が伝えられています。さらに彼を良く知る友人は「彼はいつもだらしない格好だった。時間がなくてネクタイは曲がってばかりだし、靴紐を結んだこともない。おまけに左右で違う色の靴下を履いていた。それでも服は全部ブルックス ブラザーズで買っていたんだ。」と語っていました。

1989

ベルリンの壁が崩壊

1998 ノンアイロンシャツ

ブルックス ブラザーズは、究極のトラベルシャツとしてBrooksEaseシャツを発売しました。はじめて綿100%で製造されたこのノンアイロンシャツは、ダクロンを使用した初めての服飾製品だった1953年バージョンの貴重な後継モデルとなりました。

1998

国際宇宙ステーションの建設開始

2000-2018

2001

9月11日、ニューヨークのワールドトレードセンター、ワシントンDCの国防総省、ペンシルベニア州シャンクスヴィルでのアメリカ同時多発テロ事件が発生。

2001 クラウディオ・デル・ヴェッキオ

911アメリカ同時多発テロ事件のすぐ後、リテール・ブランド・アライアンスのクラウディオ・デル・ヴェッキオがブルックス ブラザーズを買い取りました。彼は、深刻な打撃を受けたリバティ・プラザの店舗再開を「最優先事項とする」と誓います。そして悲劇から1年後、店舗は誇らしげにリニューアルオープンしたのです。

2006 リージェントフィット

新たなスーツのフィットであるリージェントフィットが発表されました。当時発売されていたフィットに比べてスリムなライン、幅の狭いラペル、そして細身のパンツであることが特徴でした。そしてその後、さらに細身のミラノフィットが加わりました。

2007 ブラック フリース バイ ブルックス ブラザーズ

数々の受賞歴を持つトム・ブラウンをデザイナーに迎え、トラディショナルなラインにファッショナブルな流行を取り入れたブラック フリース バイ ブルックス ブラザーズのコレクションを発表。このコラボレーションは、2015年まで続きました。

2008 Made in America サウスウィック

2008年7月、製造と販売をともに手がけるという開業以来の伝統に従い、70年の歴史を誇るクロージング製造業者を買収。2009年には最新設備の工場をマサチューセッツ州、ハーバーヒルに建設し、伝統的なレーベル、ブルックス ブラザーズを製造する拠点としました。

2009

バラク・オバマが初のアフリカ系アメリカ人としてアメリカ合衆国大統領に選出される

2009 歴代大統領が着用

2008年後半のファッション業界には、オバマ大統領が就任式に何を着るかという推測が飛び交い、ブルックス ブラザーズではないかという予想がWWDの表紙に掲載されました。最終的にオバマ大統領は 予想よりも略式のアンサンブルを選択しましたが、ブルックス ブラザーズのコートとスカーフを身につけて宣誓式に臨み、歴代44人の米国大統領の中でブルックス ブラザーズを身に着けた39人目の大統領となりました。

2010 『True Prep』

『オフィシャル・プレッピー・ハンドブック』の成功から30年後、リサ・バーンバックとチップ・キッドが、そのアップデート版である『True Prep』を発表しました。プレッピーのシーンで現在も定番のブルックス ブラザーズは、アメリカ全土の都市で出版記念パーティーを開催しました。

2014 ブルックス ブラザーズ レッド フリースがスタート

レッド フリースは、ブルックス ブラザーズのクラシックなスタイルをカジュアルにアップデートしたコレクションです。メンズとウィメンズの象徴的なアイテムを、スリムで現代的なシルエットにモダナイズした、オンでもオフにも相応しい遊び心のあるラインナップです。200年近い歴史に裏付けされたアイテムを洗練されたモダンなテイストと確かな品質で提案いたします。

2016 ザック・ポーゼンの就任

世界的に有名なファッションデザイナー、ザック・ポーゼンがウィメンズのコレクション&アクセサリーのクリエイティブ・ディレクターに就任し、最初のコレクションを発表。その技術と職人的なクラフツマンシップで知られるザック・ポーゼンは、豊富な素材や軽快なプリント生地を巧みに使い、ブランドの伝統と女性らしい構築的なデザインを融合させています。

200TH ANNIVERSARY2018

アメリカンクラシックスタイルの伝統と歴史の志を伝承するブランド
ブルックス ブラザーズが創立200周年を迎えます

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