MY BROOKS BROTHERS STORY

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音楽プロデューサー 松任谷 正隆
音楽プロデューサー 松任谷 正隆
音楽プロデューサー 松任谷 正隆
STORY05
音楽プロデューサー松任谷 正隆
MASATAKA MATSUTOYA

PROFILE:

1951年11月19日東京生まれ。幼少よりピアノを習い始め、20歳の時プロのスタジオミュージシャンとして活動を開始。バンド“キャラメル・ママ”“ティン・パン・アレイ”を経て、数多くのセッションに参加。その後、アレンジャー・プロデューサーとして多くのアーティストの作品に携わる。音楽学校「MICA MUSIC LABORATORY」の主宰、モータージャーナリスト、ラジオパーソナリティ、エッセイストなど様々な顔を持つ。
音楽プロデューサー 松任谷 正隆音楽プロデューサー 松任谷 正隆
音楽プロデューサーとして、さらにモータージャーナリストやラジオパーソナリティなどと多彩に活躍されている、松任谷正隆さんに、「あなたにとってのブルックス ブラザーズ」について語っていただきました。

憧れであり
自分のファッションの原点

音楽プロデューサーとして、さらにモータージャーナリストやラジオパーソナリティなどと多彩に活躍されている、松任谷正隆さんに、「あなたにとってのブルックス ブラザーズ」について語っていただきました。

原点―。憧れたものだったから、やっぱりそうなりますよね。僕が大学の時かな、レコード会社にホウカクさんっていう超かっこいいディレクターがいたんですよ。そのホウカクさんは全身ブルックス ブラザーズだ、っていう話を聞いたわけ。大学生ですから、そんなレコード会社の偉い人にはあんまり近寄るチャンスもなくて。でもようやく何かの機会に会った時に「ブルックス ブラザーズなんですか?」って聞いたのを思い出すんだけど。その時はシャツだけだったんですけどね。でも、僕の最初のブルックス ブラザーズのイメージは、彼のファッション。ある意味自分の中のファッションアイコンではありましたね。

音楽プロデューサー 松任谷 正隆音楽プロデューサー 松任谷 正隆
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白のポロカラーシャツは
欠かせないアイテム

僕らの世代はみんなトラッドファッションがベースで、いまだに僕はトラッドが一番の根底にあると思っていますけれどね。必ず自分のアイテムとしては、白のポロカラーシャツが欠かせなくて。大体10枚はいつも持っていますね。5枚は洗いざらしで、5枚はクリーニング屋に出してプレスして。洗いざらしはやっぱりちょっとね、捨てがたい風合いがあるんで。
音楽プロデューサー 松任谷 正隆音楽プロデューサー 松任谷 正隆
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ブルックス ブラザーズは
血の中の一番中心にあるものかな

今着ているこのブレザーは、これの元のブレザーも何枚か持っていたんだけれども、今持っているのはジュンヤ ワタナベがアレンジしたもので。ベースはトラッドなんだけど、もっと自由に着るみたいな事ができるようになってきた気がするんです。
ブルックス ブラザーズはね、本当に子どもの頃は憧れから始まり、ファッションが自分の中で少し変換する時にも一旦戻る場所であり。だからいつも中心の中心にある感じだと思ってますけどね。血でいうと、血の中の一番中心にあるものかな。

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